日本経済再生本部(第3回)議事要旨

Ⅰ.日時/場所

平成24年11月2日(金)13:00~14:10/党本部 901号室

Ⅱ.議 題

  • 日本経済再生へ向けた方策について有識者ヒアリング
  • 講師 ) 山中 伸弥 京都大学 iPS細胞研究所所長・教授

Ⅲ.講演要旨

【1.はじめに 】
カリフォルニア大学にもポストを持ち日米を行き来する生活の中で、米国から日本を見る機会もある。国立大学を中心とするアカデミア・研究に関する私の懸念をシェアできればと思っている。
まず、日本の研究者はとても頑張っていることをご理解願いたい。研究の力を示す統計(トップジャーナル「ネイチャー」「サイエンス」に掲載された論文数の世界ランキング)で、日本は1993年以降ベスト4ないしベスト5を維持している。また、基礎医学の分野では、日本は3位、4位で健闘している。
しかし、日本はGDPで世界3位と経済規模でドイツやイギリス、フランスを上回っているにも関わらず、これらの国よりも前出の論文掲載数が少ない。また、自然科学分野におけるノーベル賞受賞者の数に限れば、ドイツやイギリスだけではなく、経済規模ではトップ10に入っていないスウェーデンやスイス、オランダにも負けている。決して安心できない状況である。
1993年、カリフォルニア大学のグラッドストーン研究所に留学、4年弱に渡って科学者としてのトレーニングを受けた。当時、研究施設の環境については、日米間であまり差が無い(日本≦米国)という印象だった。一方、知財など研究者を支援する体制については、米国の方がはるかに進んでおり(日本<米国)、研究者が研究に専念できる環境という印象を受けた。
2007年、再びグラッドストーンで研究を始め、米国が大きく変わっていることを痛感した。研究施設についても、日本は欧米から置いてけぼりになっている(日本<<欧米)。研究支援体制については、十数年前からの差がさらに広がった(日本<<欧米)。
本日は、この「研究施設」と「研究支援体制」について、詳しく紹介したい。
【2.研究施設について 】
グラッドストーン研究所は、2006年に築100年の建物から新しい研究施設群の一角にある最先端の研究棟に場所を移した。内部の研究室は非常に広大で、壁がほとんどない。研究機材は、複数の研究グループが壁で隔たることなく、オープンラボでシェアしている。
従来の研究室は、日本に限らず世界中、各教授が一国一城の主として独立国のようになっており、隣室の研究機材や研究内容はわからないという状況だった(壁を隔てて1億円くらいの同じ機材があり、片方は埃を被っているということがあった)。
グラッドストーンでは壁が無いので、いろいろな情報や試薬、機械がシェアできる。教授や研究員の居室も並んでおり、ディスカッションをするのに恵まれた環境となっている(トイレに行くにも他の教授の部屋の前を通る)。
このオープンラボが世界の潮流になっている。ここ数年、幹細胞研究に限ってもたくさんの研究施設が各国で毎月一カ所以上のペースで誕生しているが、欧米のみならず、インド、韓国、シンガポールでもオープンラボが採用されている。2007年、京都大学の研究所が人間のiPS細胞を発表した際、自民党政権下ですぐに40億円かけて新しい研究棟の建設を決めてもらった。この建物はオープンラボを採用し、らせん階段で上下をつないだ素晴らしい環境となっている。しかし、残念ながら、これは日本では例外的。
京都大学を含め日本ではほとんどの場合、築30年40年の研究棟を耐震改修して使用している。改修により環境は改善されるが、30年40年前のレイアウト自体は変わらない上、さらに今後20年30年とこの環境が続くことになる。しかも、耐震改修だけでも10億円以上の予算がかかっている。
【3.研究支援体制について 】
大学における研究内容は大きく変化した。私が大学院生の時、自然科学の研究では実験が全てだった。現在は実験に加えて、知的財産の確保、規制当局への対応、社会に向けた積極的な情報発信などが必要となっている。さらに、研究技術そのものが比較にならないほど高度化した(私が大学院生の時、第二のアポロ計画とも呼ばれたヒトゲノム計画が進行しており、世界各国から何百人もの研究者が参加し、何千億円もの費用を掛け、十年以上を要して一人のゲノム情報を決めることに成功した。現在、一人のゲノム情報は1ミリリットルの血液があれば10日間で解析できる。費用は1,000万円。来年には100万円に下がり、1億円の機械で何人ものゲノムが解析できる)。私は研究所のゲノム解析機械を扱えず、膨大な量のゲノム情報をもらっても何もできない。研究者をサポートする技術者――機械を使いこなし、データをコンピュータで解析することができる博士号取得者――が必要となっている。
京都大学を含め日本の国立大学には教員と事務職員の二つのポスト(国家公務員または国家公務員に準じるもの)しかない。研究内容の変化に伴い必要となっている知財の専門家、規制の専門家、広報の専門家、技術員といった高度な専門家に対し、日本の大学がいわゆる正規職員として遇する手段は全くない。一方、欧米、韓国、シンガポールでは、こうした専門家を研究者と一体的に雇用することが行われている。
iPS細胞研究所は恵まれており、研究所単独で知財・契約の専門グループを持っている。このグループの努力により、iPS細胞の基本特許について、欧米を含む26カ国と一地域(EU)で成立させることができた。このグループを支えている専門家全員が有期の非正規雇用。
iPS細胞研究所190名の教職員のうち、京都大学の正規教職員は21名(11%)。残りの9割が非正規であり、国からの競争的資金(最長5年)で雇用している。総務省統計によれば日本の全企業における非正規社員の割合は35.2%。日本を支えるiPS細胞研究所のいわゆる非正規社員の割合が9割ということはある意味あり得ない状況であるが、これが日本の国立大学の研究所の実態。
私たちも資金集めに努力しており、iPS細胞基金に対し多くの方々より支援をいただいている。この一環として私は副所長とともに京都マラソンに出場し、1,000万円の寄附をいただいたが、169名の非正規雇用者の年間給与8億円を稼ごうとすれば一年に80回走らなければならない。
iPS細胞研究所の予算はグラッドストーン研究所の半分。国からの予算はほとんど変わらないが、米国の強みは基金、州、個人などから国と同じくらいの資金を集めている。国以外からの資金によって米国の研究所では安定的な雇用を実現している(私がグラッドストーンに戻った時、十数年前にいた職員の多くが残っていた)。
日本では寄附が大きな額にはならないため、科学技術研究は国に依存するしかない。
【4.まとめ 】
研究施設や研究支援体制で日本が欧米に水をあけられているのは間違いない。さらに、シンガポール、香港、韓国、中国が日本より前に行っているのではないかと私は感じている。このままでは日本は研究で置いてけぼりをくらうのではないか。
今の日本の財政状況、震災の状況で、研究費をどんどん増やしてほしいと言っているのでは決してない。量の問題ではなく質。具体的には、研究者がより元気になる、研究所に行くのが楽しくなるような環境を少しずつ作って頂きたい。そして、研究者をサポートする人達の安定的な雇用につながるような研究資金の在り方を望んでいる。
実際、日本が研究後進国となる兆候は10年以上前から出ている。基礎医学や科学全般では健闘しているが、臨床研究分野のトップジャーナル「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」における日本の論文発表順位は25位。日本の上位に中国やインドがいる。臨床医学においては、日本はある意味、すでに後進国と言える状況。
臨床医学は、医師だけではなくサポートするチームがなければしっかりした研究にはならない。患者さんにとっても最先端の病院環境がなければ、本当の意味で良い医学はできない。
私が本日述べた二つの点は、基礎医学よりもこうした応用医学、臨床医学において、先に大きく現れると考えている。このまま放置すれば、科学全般や基礎医学も大きく順位を落とすことになるのではないか。毎月、日米を往復しながら、10年20年30年後に取り返しのつかない事態になるのではないかと感じている。今日はiPS細胞についてはほとんど触れなかったが、今日お話しした内容についてぜひご一考頂きたい。